2005年04月26日

携帯電話

お子さんをお持ちの方なら、子供の成長につれて携帯電話をいつから与えるかという問題については少し悩まれるのではないでしょうか?うちの三人の子供には高校に進学した時点で持つことを許可しました。

本当に必要なものでもないことは、解っているのですが時代の流れには逆らえませんでした。本当は不要なもので、必要に迫られてというのではなく、おもちゃに近い感覚であることも知っての上です。

今の若い人たちの中には、携帯電話代が食費などの生活費を圧迫し、例えば15万円の収入の内、携帯電話代が三万円とか五万円といった状態も決して珍しくはないと新聞で読んだことがあります。うちは三人子供が居たので、それぞれに携帯電話の使い方は違っていました。自分からはよっぽどのことがない限り電話をかけないのは共通していましたが、長女はメールも必要なときだけ、次女はいつ見てもメールをしていて、寝るときも携帯電話を握ったまま(これを新聞記事ではメール中毒、携帯中毒と表現していました)、そして長男はメールもそこそこで、ウェブで着メロなどをよくダウンロードしていました。

うちは小遣いから携帯代を天引きすることによって、どれだけのお金がかかっているのかを教えてきたつもりですが、それぞれが独立した今、ちゃんと無駄な使用は控えてくれているか、少し心配しています。

親が携帯代を全て負担してあげたり、小学生から持たせたりという事には基本的に反対です。確かに危機管理として携帯を持たせるといった考えもあるようですが、非常時ようのグッズは携帯以外にもあるはずです。

人間にはコミュニケーション能力がとても重要だと思います。もし、携帯電話を持たせるのであれば、料金のことも、使うシーンもキチンと親が話しをして、理解させる必要があると思います。

文明の利器は確かに人々の暮らしを便利にしてきましたが、人間を退化させ、工夫する思考を失わせる一面を持ち合わせていることも事実です。

IT先進国の韓国に行っても、アメリカに行っても日本の通勤電車や町中のように携帯を操作しながら歩いている人なんてほとんど見かけません。少し日本は携帯電話によって特異な状況になりつつあるのを危惧しています。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 09:02| 大阪 | Comment(2) | TrackBack(0) | 子育てについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月23日

家庭は何をする場所?

同じマンションの奥さん達が、毎日子供を遊ばせながら井戸端会議(もう死語かな?)をしている光景を雨でない限り、夕方に見かけます。子供達は小さいし、いい時期だなぁなんてそれを見ては思う毎日です。そして、この子達の家庭がずっと円満に続けばいいなんて、余計なことまで考えてしまいます。

今は核家族化が進んで、親と子と言うのが家庭の形、つまりスタンダードだと言って差し支えはないでしょう。昔はお祖父ちゃんお祖母ちゃんも一緒に暮らすのが普通だったのでしょうけど、私自身その経験はありません。

いわゆるスローライフの時代を生きてきたお年寄りと、一緒に暮らしたり触れあったりすることが今はなくなり、年寄りが多くなっていると言いながら、住む世界が違うように感じているのは私だけでしょうか?

ドッグイヤーという言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?犬の1年は人間の7年に相当することから、7倍のスピードで情報が交錯し、人間の生活やビジネスのサイクルが早くなってきていることを指す言葉です。もともとはIT時代の産業の盛衰の早さから来ているようですが・・・。

情報がお金になる時代に生きている私たちは、地球の裏側で起こっている事を瞬時に知ることが出来ます。この時代に育った子供達は、明らかに私たちが子供の頃とは違った感性を身につけて行くのでしょうね。脳というハードウェア兼ソフトウェアは、時代とともに溢れる情報から有益で価値ある情報だけを探し出すために常に働き続けているのでしょう。生きるためではなく情報の取捨選択のために。

そう思えば世代の違う親が、家庭という環境の中で子供にしてあげられることはどんなことでしょうか?深い愛情を持って育てる?確かにそうですが、個人的に言わせてもらえばそれは親の本能に因る部分が大きいと思います。そうでない場合もあるから、悲しい事件も起こったりしていますが・・・。

夫婦はもともと他人、親子は血縁(違うケースもありますが、この表現でご容赦下さい)、では家庭は何をするための場でしょう?運命共同体?違う気がします。

私の家族は毎年夏に、北アルプスの方へ一週間ほどキャンプに行くのが恒例行事でした。そこでは、日が昇れば起きて活動し、日が沈むと寝る生活です。食事の用意も火をおこすところから始まるわけで、けっこう時間を要します。三食食べようと思うと、支度をしている時間の長いこと。しかし、森の中で新聞もテレビもない暮らしをしていると、時間はとてもゆっくり流れます。そして体調もすこぶる良くなってきます。

私は最近になって思います。親や祖父母が子供達に家庭でしてあげなければいけないこと。それは教育という括りで言ってしまえばそれまでです。しかし、月並みですが古き良き時代をどれだけ次の時代に継承できるか、体験させられなくても話しだけでも聞かせてあげて欲しいと思います。

親やお年寄りは伝承者なのです、そして子供達は継承者、何を?と言われれば、伝承者が見て聞いて体験したこと全て、そう、人生と生きてきた環境の全てです。

我が子はみなさんにとって一番身近にいる可愛い時代の継承者です。その一番貴重で大きな財産を伝えていく一番小さな単位が家庭と言うものだと思います。

思われたことはありませんか?全面アスファルトになってきた今と、昔とでは雨の匂いまでが違うことを・・・。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 08:22| 大阪 | Comment(2) | TrackBack(0) | 家庭について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月17日

良い天気だから散歩をしていると・・・

少年野球の子供達が、家の裏の小学校のグランドで練習をしていたから、何となくずっと眺めていました。うちの長男が少年野球をやってたのは、もう7年ほども以前のことになります。

多分、子供達(小学3〜6年生)は午前中から練習をしていたんだと思いますが、2時頃に練習試合の相手らしき違うユニフォームを着た子供達がやってきました。

ここから練習試合が始まり、私は結局、試合が終わるまで微笑ましい気分でずっと見ていました。

そこで、思ったことがあります。あの少年野球で頑張っている子供達(私の長男も以前はそうでしたが)は、8〜9時間も野球というスポーツに集中して過ごしているのです。それも楽しそうに!

今、テレビゲームが好きで、放っておけば何時間でもゲームをやっている子はいるでしょう。でも、私の知る限り、そう言う子は他のことには驚くほど集中力がないように思います。しかも、根性がない。関西で言う、「へたれ」と言うタイプの子供ですね。

こんな子がどんどん増えていっているようで、僕は怖い気がします。少年野球の子供達のように、ひとつの事を長時間やり続ける集中力を養う必要があると思います。それには親の協力も当然必要ですが、それを苦痛だと思う親は、私の考える親ではありません。親も子供の頑張る姿を見て、一緒に楽しめるはずです。

確かに野球の練習を長時間やることによって、身体に対する負担とか様々な心配事はあります。でも、少しぐらい怪我をしても、ゲームでしか集中力を発揮できない人間になるよりはマシだと思います。私の子供にも、ゲームは買い与えていましたが、野球の方が面白いらしく、稀にしかやっていませんでした。

先日、ちゃんとは見ていなかったのですが報道番組でゲーム脳の事を取り上げていました。同じ野球でも、テレビゲームではファインプレーもホームランもボタンを押せば完結してしまうのです。つまりコンピューターは二進法ですよね!○か×かのたくさんの組み合わせを飽きずにやっているのが、テレビゲームだと言うことです。そんなものでしか楽しめない子供達は物事や感情の機微を察して行動できる感性豊かな人間に育つとは、私には思えません。

子供の野球でも、心理や咄嗟の判断力、緊張そんなものが入り交じる状況の中でプレーするから、覚えることもたくさんあるのであって、負けたらリセットボタンを押してもう一試合と言うような感覚とはまるで違うわけですね。

今、いくつくらいの子供からテレビゲームをするのか、私にはよく判りませんが、子供をお持ちの方は、是非真剣にこの問題を考えてみて欲しいと思います。私の知る限り、テレビゲームばかりをやっている子には、精神力、集中力などがあまりにも欠落して見えるので、出過ぎたことかも知れませんが思うままに書きました。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 19:30| 大阪 | Comment(1) | TrackBack(1) | 子育てについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月13日

知っていますか?

いつも私が読ませていただいているブログで中絶胎児が救う命と言うテーマについて書かれていました。いつも興味深く、難しいテーマを取り上げておられるブログです。

ぜひ一度訪問してみて下さい→http://blog.livedoor.jp/takeiteasyfriends/

私も個人的な意見をコメントさせていただいたりもしているのですが、今日のその方のブログを読んで、出産について私の友達の中国人から聞いた話しを書いてみたくなりました。

中国はご存知のように長年、一人っ子政策を続けてきました。(やっと最近になって方針転換をしようと言う動きも顕著になってきていますが)

それでは、中国はどうやって一人っ子政策を施行してきたのかご存知でしょうか?つまり具体的施策です。

それは第一子を出産した女性は避妊リングを装着してその証明書を病院でもらい、出生届にその証明書を添えて届け出なければ、役所が受け付けないらしいのです。(これは桂林出身の女性から聞いたので、中国全土がそういうシステムなのかは定かではありませんが)

リングを装着するのは冷や汗が出るほど苦痛を伴うらしいです。私は男ですし、その苦痛は解りませんが、これが女性だけに負担を強いる不条理なシステムであることには、言いしれぬ不快感を感じます。

根本的に避妊をするのであれば男性側にでも施術は可能です。
ふとこの話を聞いたときの憤りが甦ったので、思うままに書いてみました。

みなさんはどう思われますか?


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 20:51| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物言わぬ日々

相変わらず、家庭や家族を失った状況には慣れることの出来ない日を過ごしている。外出から帰ってきても「ただいま」、「おかえり」と言うやりとりもないことに、そして家の中では声を出すこともない日々に自分が世界中で一人きりのような錯覚に陥るときがある。

だから観てもいないテレビをつけっぱなしにしていたりもする。

家庭とは家族のコミュニケーションからぬくもりを感じられる場所。この二十年余り、あって当然の環境だった。二十数年の習慣や心にしみついたものは、どれだけの時間が有れば薄れていくのだろうか?忘れたいわけではない。でも、少し意識の奥に引っ込んで欲しいと思う。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 20:29| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 家庭について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月11日

箸使いとコンピューター

家の本棚日本がたくさんあったり、親からよく本を読んでもらった子供は、自然に本を読むようになりますね。ところが、本棚ひとつない家庭に育てば、本に興味を持つわけがありません。子供がナイフで鉛筆を削れないとか、火を焚くことができないのも、そう言う体験や見聞が身近なところから消えてしまったからでしょうね。私はそう言うことも含めて、キャンプという家庭のイベントを続けてきました。

箸の持ち方がちゃんと出来ないのも、親が教えなかったからですが、親の世代がちゃんと持てなかったりするのだから、教えようにも教えられないと言うケースも多いでしょうね。

文明の進歩によって、人々の生活は便利で快適になっていきますが、その分自然に対応する能力も低下している気がします。何らかの理由によってライフラインが停止したり、コンピューターが機能しなくなったら、人間はただ立ちすくむしかないような気がします。

現代人の生活は、文明によって与えられた結果だけを享受することに慣れきっていますね。しかし、そこに至る過程を学んだり体験したりすることがなくなると、精神的なバランスを欠き、情緒不安定になっていくのではないでしょうか?

子供をお持ちのみなさんは、いわゆるサバイバル的な体験も子供にさせてあげて下さいね!電気が、ガスが、水道が、そしてテレビゲームがなければ快適な生活を送れないような人間に育ててしまったら、世界はもっと不幸になると思います。

少なくとも自分がライフラインがなくても生き延びる知恵やたくましさを持っていなければいけない。これは親から考え方を改める必要があるのではないでしょうか?

経済的に、そして文明的に恵まれている日本で育ったが故に、生きる力が脆弱な子供ばかりが増えたらどうなるでしょう?

岡目八目と言いますが、子供を今まさに育てている方は、ぜひ自分の個人的な主張と子供の教育をしっかり見つめ直してみて下さい。愛と優しさを持って子供を育てるのは人間の親の本能です。でも生き延びる知恵を教える肉食動物の親にように、生き延びるたくましさも、ぜひ教えてあげて欲しいと思います。

また少しサバイバル的考えについて、次回に書きたいと思います。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 21:42| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育てについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月10日

植物の成長に見立てて

私なりに子育てを時系列で、しかも植物の成長に見立てて少し書いてみたいと思います。まず子供が産まれて物心がつかない、つまり大人になってから記憶にない時期は農業で言えば畑を耕し良い実のなる土を作っている時期です。

そして種や苗を植え、植物が育ち始めたら水や肥料を適量与えながら成長を促します。この時期は、子供に様々なものを見せ、聞かせ、触らせ、自分の身体で体験させていく時期です。

そして、花が咲く頃は子供が自立して、自分で生きていく力を身につけた頃です。つまり自分という花の色や形でちゃんと自己主張できるようになっているのです。

その後、しっかり肥料を吸収して育った植物は見事な実を実らせるのですが、この実りは平和を考える心や、様々な問題に対して問題意識を持ち、次の世代にしてあげられる事を出来る範囲で精一杯行うことです。

そして、種は土に帰り次の世代へと続く。種を落とすまでの仕事を成し遂げた幹や葉や根は、腐葉土となり次の世代の成長を助けます。

自分の子供達が自立した今、私はその腐葉土として少しでも次の世代が幸せに生きられる世界になるための手伝いをしたいと思っています。

もちろん自分の子供達だけが幸せに生きられる世界なんてあり得ないわけだから、これからの世界を生きていく子供や若い人々全てのためにです。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 19:20| 大阪 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 子育てについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月08日

今日は入学式なんだ

家の真裏が小学校なので、昨日まで静かだった学校が騒がしいのにはすぐに気付きます。さっきは「一年生になった〜ら」と言う可愛い歌声が聞こえていたので、ベランダに出てみると黒の上下を着たご両親の姿もたくさん見えました。

これから新しいスタートを切る子供達、そしてそのご両親も新しいステージに立つ訳です。私も三人の子供の入学式には出席しました。カメラを持ってその晴れ姿をしっかり残しました。今思えば、この日新しいスタートを切ったのは子供だけではなく、親である自分もそうだったのです。

今日、入学式に出席された方も多いと思います。これから子供は親が思っている以上のスピードで様々なことを吸収しながら成長していきますよ!親もその成長めざましい我が子の変化をしっかり見つめて、一緒に成長して下さい。

これから子供と過ごす時間を今まで以上に大切にして欲しいと思います。そして子供達ができるだけ外で体を使って遊ぶようにし向けて下さい。そして、洗剤のコマーシャルじゃないですが、服や靴を汚して帰ってきても叱らないで、「いっぱい遊んできたねぇ」と言って迎えてやって下さい。外で体を使って遊ぶことは、怪我をしたりする可能性もあるし、家の中以上に危険はあるでしょう。でもその中から子供は生きるたくましさを身につけるものだと思います。

子育てに法則はありませんが、私が自分の子育てを振り返って、今感じていることを要約すると「温故知新」とでも表現すればいいのかなぁ?どんなに時代が進み、文明が進み、安易にテレビの前で遊べる道具が出来たとしても、「心」を育てるのは道具ではなく、やっぱり「心」なのだと確信しています。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 09:37| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 子育てについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月07日

一兆円

国会やニュースをにぎわしているこの問題、みなさんはどう思われますか?賛成や反対と言うこともあるでしょうが、この郵政公社の預かり残高は保険も合わせて310兆円とか言われていますね。

この何兆円という金額は一般の人間にどう映るでしょうか?国家予算の80兆円や国の税収の40兆円も同じだと思います。

例えばみなさんが毎日100万円ずつ必ず使いなさいと言われて死ぬまでそれを続けられると思いますか?私には無理だと思います。

では、毎日100万円ずつ使うと一兆円は何年でなくなるでしょうか?
答えは約2740年です。

金額や数字は答えがひとつだから、どんなに大きな数字でも見方を変えれば理解できますが、愛や子育て、人生などは答えが簡単に出ないから本当に難しいですね。

でもそれらの問題を真剣に考えておられる方々とブログを通じて意見交換が出来ることを、ホントに幸せに思っています。


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 16:10| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月06日

以心伝心

私の友人が先日子供を連れて遊びに来たのですが、とても気になったことがあったので少しそのことについて書きます。

子供はこの春から小学五年生らしいのですが、話しをするときに相手の目を見ていないのです。誰と話しをしているんだろうと思うぐらいに・・・・。これをみなさんはどう思いますか?目を見て話すというのは、マナーとまでは言いませんが当たり前のことではないでしょうか?自分の意志を相手に伝えようと思うときに、相手の目も見ずに話していたら思うことの半分も伝わらないと思います。

しかし、ここで問題なのは相手が目を見てくれなかったら、こちらが見ていても言葉で足りない分のアイコンタクトが成立しないと言うことです。子供がみんなこのようになってしまったら怖いですね。伝えたいことも伝えられなくなります。今日はこの原因に焦点を当てるのではなくて、ちょっと横道に逸れた話しをします。

繁華街(地下街)などでものすごく人通りが多い場所でスムーズに歩くために、あなたは何か知恵がありますか?私は自分の進路を塞ぎそうな前方から来る人と目を合わせないようにしています。不思議に目が合ってしまうとお互いに避けようとするが故に、同じ方に避けようとし立ち止まって左右へ身体を揺する、まるでボクシングのダッキングのような動きをしてしまうからです。みなさんもこんな経験があるのではないでしょうか?

私は心理学や専門的なことは解りませんが、目が合えば同調する可能性が上が高まるのではないでしょうか?逆に言うと目を合わせなければ、伝えようとした意図が半減してしまうと言うことのように思えてしまいます。

私はかなり親しい友人の子供だったので、目を見て話しなさいとその子に諭しましたが、みなさんはどうしておられますか?


人気blogランキング
posted by ソウリュウ at 19:32| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。