2005年06月16日

考えさせられた一節

今読んでいる短編集の中に、考えさせられた一節があったので、まず引用します。


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私の近しい知り合いの息子が超音波のような声を発してはしゃぐ質(たち)で、
しかも人の顔色を窺っているようなところがあった。

そのちいさな生き物が駄々を捏ねだして喚き声を上げると、
ときに私の心の奥底に密かな暴力衝動がたちあがることがあった。
もちろん社会通念よりもさらに強固で厳重な 禁忌が働き、
当然ながら手を出すことはない。

私は笑顔の障壁で奥底の衝動を隠蔽し、見事に笑い続ける。
それがときに苦笑いに振れることがあっても、
あくまでも私の笑いのバリアは完璧であると自負している。

私は子供を殴ることはないだろう。
正確には、殴れないだろう。
だが世間を騒がす虐待とやらの背後には、
禁忌による抑制の逆作用を感じる。

可愛いと言うことは、大人の好みに合致しているということにすぎない。
全ての子供が可愛らしいのではない。
可愛い子供と、そうでない子供がいるのだ。



<<<<ここまで


これは他人の子に限った話しではないですよね。

これは作家が書いた文章だから、言葉を弄している感は否めませんが、
私にはある部分で核心を突いているように感じられました。


すごく、失礼な表現になるかも知れませんが、
小さな子を育てておられる方の中で、犬などのペットに対する接し方と
我が子に対する接し方に区別のない方がおられるような気がしています。

確かに、イライラしているときや疲れているときなど、
つい、きつく子供に当たってしまうことがあるのは解りますが、
それが日常的になっている方もいるような感じがしています。


犬がお漏らししたから怒鳴りつけて頭をはり倒す、
そして自分の好みの言うことを聞く犬に躾ていく。

では子供には?
そんなやり方で、のびのびした健やかな子が育つわけはないですよね。
萎縮するだけですから。
または、怒鳴っている親に似てくるんじゃないでしょうか?


うちの裏は幼稚園と小学校ですが、1時半になると幼稚園のお迎えの時間で
多くのお母さん方が幼稚園に来られます。
窓越しに、その様子が見えるのですが、
それこそ憎悪を含んでいるような声で子供を罵倒しているお母さんがいます。

あんまり毎日のことで気になるから、ベランダから声の主を確かめたのですが、
幼稚園児の他に二人の小さい子を連れています。
毎日同じ人なんですよ。

私も腹が立ってきたので、睨み付けてやったのですが、
もう子供を怒鳴ることに夢中で気づきもしません。
しかも、すごい形相です。


マクドナルドのマニュアルじゃないですが、
イライラしたら、鏡に向かって笑顔を作ってみてはいかがですか?


ストレスが溜まって、ついお子さんを怒鳴り散らしたりしているお母さんは、
その時の自分の顔を想像してみて下さい。
とにかく、眉間にしわが寄り目が吊り上がり、
鬼ババアの形相ですから。

心の平安を自分で作り上げるのは難しいことですが、
笑顔ぐらいなら一日に一回ぐらい作れるでしょ。



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posted by ソウリュウ at 10:14| 大阪 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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